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私のラバさん  酋長の娘

連載小説からマーシャル諸島の風を


マーシャル諸島の少女達

ワタシ~ノ、ラヴァサ~ン、シュウチョ~ノ、ムスメ~

統治時代より日本との繋がりを様々なところで今でも多く感じるマーシャル諸島。戦後70年という月日を経て日本とマーシャル諸島を背景に在マーシャル日本国大使を務めた安細和彦氏が小説を書かれました。

小説内には、偶然の出会いやマーシャル諸島の首都マジュロで暮らす日本人の姿、ダイビングの話題もあり きっと皆さんでお楽しみ頂けることでしょう。そして微力ではありますが一部写真などを提供させて頂きました。小説、写真と共にマーシャル諸島を感じて頂ければ嬉しく思います。北海道在住の方は早速書店へ!(Hiro)

著者より連載によせて


小島が繋がって出来た環礁がマーシャル諸島の地形を形成する。

突然ですが、「マーシャル諸島共和国」が世界のどのへんにあるかご存知でしょうか。作者自身を含め、戦後世代の日本人にとって”あまり聞き慣れない国”とも言えるマーシャル諸島ですが、実は、第一次世界大戦終了後の1920年から日本の委任統治領となっていました。当時、マーシャル諸島を含むこの地域は「南洋群島」と呼ばれており、南洋庁という日本政府の行政機関が設けられ、日本国内に準じた諸制度が導入されていました。島民の子孫には日本語による初等教育も行われていたのです。

しかし、そうして日本の委任統治も太平洋戦争の勃発とその後の敗戦により敢え無く終焉を迎えました。戦後、マーシャル諸島は国際連合による信託統治の名の下、実質的にはアメリカ合衆国による保護領的な歴史を刻むこととなりました。

折しも米ソ冷戦時代を迎え、マーシャル諸島の北部にあるビキニ環礁を含むいくつかの島では米国による原水爆実験が行われ、その際に発生した「死の灰」と呼ばれる放射性降下物を浴びた島民が被爆に苦しむ事態となりました。このことは、実験当時に同国近海で操業中であった日本のマグロ延縄漁船(第五福竜丸)の名前と共に、再び日本と同国とを結びつけましたが、それから60年が経過した今日では、「ビキニ環礁」や「死の灰」という言葉も風化しつつあるようです。

AMIMONO(アミモノ)と呼ばれるマーシャル諸島の伝統手工芸品

この物語は、ふとしたことから先の大戦でマーシャル諸島方面にて亡くなった戦没者の慰霊を目的に、初めてマーシャル諸島を訪れる事となった主人公の島田サト(89歳)と、その孫でサトの付添人を務めることとなった島田慎吾(32歳)の二人が、現地にて様々な出会いと、驚きに満ちた体験をするというものです。作者としては、この物語を通じて、多くの方がマーシャル諸島の歴史や文化、、豊な自然への関心(と、同時に沢山の疑問)を持たれ、そして、これを機に様々な形での同国との交流が深まって行くことを願っています。

なお、この物語はあくまでフィクションであり、実在する人物や団体とは一切関係のないものでありますこと、また、作品中に紹介する戦前の歌謡曲(題名は「酋長の娘」)の歌詞の一部に差別的表現ととられかねない部分がありますが、これはストーリーの展開との関係で、同曲の歌詞を忠実に引用する必要があったためであり、作者自身として差別的意図は一切ないことを申し添えます。        著者

著者


第一回連載の一部

安細 和彦
(あんざい・かずひこ)1951年、長野県上諏訪町(現諏訪市)に生まれる。中央大学法学部卒。自営業などを経て外務省に入省。国内勤務と海外の在外公館での勤務を繰り返す。在マーシャル諸島共和国 日本国大使館の参事官(大使)を経て 2015年3月に外務省を定年退職。「マーシャルの対日観光促進を考える会」代表。東京都在住。64歳







月刊・北方ジャーナル

安細氏による小説「私のラバさん 酋長の娘」が、月刊『北方ジャーナル』誌(札幌市:Re Studio社発行)にて掲載されています。第一回は12月発売、二回は今月、まだまだ連載は続きます!ダイビングの話題も登場するようですよぉ~ 是非共ご購読くださいませ。

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毎月この連載小説からマーシャル諸島を感じて頂けるよう願っています。